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揺れるドル円相場~為替を決める三要素~

2022年9月、政府は円安を阻止するために、24年ぶりにドル売り・円買いの為替介入を実施しました。その額は、約2兆8,000億円です。その直後こそ、ドル円相場は145円から140円にまで円高になりましたが、為替介入の効果は限定的だとの声がもっぱらです。揺れ動く為替相場ですが、今回はマーケットで重視されている3つのキーワード 「金利差」、「経常収支」、「購買力平価」について解説します。


ひとつ目のキーワードは、「金利差」です。


グローバル化した世界では、お金は一瞬で国境を跨(また)ぎます。少しでも金利(利息)の高い国(通貨)があれば、多くの投資家がすぐに資金を振り向けます。金利の安い国の通貨が売られて、金利の高い国の通貨が買われます。昨今のドル高・円安が、まさにその典型です。

米国では、過度のインフレを抑えるために、今春から続けざまに政策金利(FFレート)を引き上げてきました。2022年3月の0.25%から、現在(2022年10月時点)は3.25%にまで上昇しています。これに連動する形でドル・円相場も動きます。昨年末115円だったドル/円は、金利(利息)の高いドルにシフトするため、145円を超える水準にまで円安が進んでいます。日本では、ゼロ金利政策が続いており、他国との金利差は広がるばかりです。



米国の金利高は、インフレの抑制が目的です。そのために、毎月発表される米国CPI(消費者物価指数)が最も重要な指標となっています。お金を借りて工場の建設を考えている会社は、金利が上がれば、計画の見直しを余儀なくされます。若い人達はマンションの購入を見送るでしょう。現在の米国は、金利の引き上げで急激な物価の上昇を抑えようとしています。

金利を引き上げれば、経済は停滞します。お金を借りて投資をしている人も沢山います。株価が下がるのも、それが原因です。



 

二つ目のキーワードは、「経常収支」です。


経常収支は、製品の輸出入に伴う貿易収支、旅行者の宿泊費や運賃、国際貨物や特許使用料などのサービス収支、海外との利子や配当をやりとりする第一次所得収支、そして無償資金援助などの第二次所得収支から構成されます。この経常収支の黒字が増えれば円高に、減少すれば円安に振れる傾向があります。

貿易の場合を考えると、製品の対価として受け取った外貨(主に米ドル)を日本企業は円に戻します。このドルを売って円に転換する取引が、為替相場をドル安・円高に向かわせます。これが、貿易黒字が円高の原因と言われる所以です。円に転換された資金は、日本国内の従業員の給与や新しい工場を作るための原資になります。



貿易赤字の場合は、その逆です。外国の製品の購入代金として支払われる日本の円を外国企業は自国通貨(主に米ドル)に換金します。この場合は、円を売却してドルを購入することからドル高・円安を誘発します。つまり、貿易収支が黒字の国は通貨が高くなり、貿易収支が赤字の国は通貨が安くなるという構図です。

下記の表は、日本の食品会社(輸入業者)と自動車メーカー(輸出業者)における為替取引をイメージしたものです。輸入業者が「ドル買い・円安」、輸出業者が「ドル売り・円買い」の為替取引を実行しています。



実際には、貿易だけではなく、サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支も含めて、経常収支は算出されます。昨年の経常収支は15兆円を超える黒字でした。そのうち貿易収支は1.6兆円の黒字です。

次の表は、経常収支の推移です。



今、注目されているのは、2022年上半期の貿易収支の赤字(5兆6,862億円)です。これは、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻が主な要因です。侵攻後、石油などの資源のみならず穀物など商品市況全般が高騰しました。多くの資源を輸入に頼る日本は、買付代金(ドル)を確保するために円を売ってドルを購入しています。その結果、貿易収支の赤字が増えてドル高・円安を誘発しています。

一方、第一次所得収支の黒字が、毎年20兆円程度で安定していることも分かります。純資産国である日本は、海外に多くの子会社や有価証券(株式や債券)を保有しており、安定した配当金や利子を受取れることから、今後も第一所得収支は黒字が続くでしょう。

しかし、最近の資源高が急激な円安に繋がっており、国際商品市況の動向が為替水準に影響することは否めません。



 

3つ目のキーワードは、「購買力平価」です。


先にお話しした「金利差」や「経常収支」が比較的短期間の相場変動を説明していることに対して、「購買力平価」は、長期的な視野に立って、妥当な為替水準を説明する理論です。

そもそも購買力とは、モノやサービスを買うことができる力です。そして、同じモノやサービスであれば、たとえ国(通貨)が違っても、その価格は同一(平価)になると考えます。

ボールペンを使って説明します。同じボールペンが日本で100円、米国で2ドルだった場合、ボールペンの妥当な価格は、“100円÷2ドル=50円”だと考えるのが購買力平価の考え方です。

実際のドル円が140円なら、米国人はたった71セント(=100円÷140)で日本のボールペンを購入できます。71セントで購入して2ドルで販売すれば、儲けは確保できます。ドルを円にしてボールペンを買付するので、これは「ドル売り・円買い」の為替取引です。もしボールペンの価格が変わらないとすれば、米国人の儲けは、ドル円相場が50円になるまで確保できます。(運搬費などのコストは無視しています)

 



現在の円安は、外国人にとって魅力的な水準です。同じ商品なら、日本で買う方が圧倒的に安いからです。米国で6ドルするビッグマックが、日本では420円で食べられます。つまり、米国人が日本に来ると半額の3ドル(420円÷140)でビッグマックを食べられる計算です。米国のディズニーランドの入場料が150ドルに対して、日本が7,500円なら、53ドル(7,500円÷140)で楽しめます。

購買力平価では、この価格の違いを、為替が動くことで修正してくれると考えます。結果、「インフレの国の通貨は安くなる」との理論が成り立ちます。

 

次のグラフは、「ドル円購買力平価の推移と実勢相場」です。



2013年から2022年春までは、企業物価指数と消費者物価指数の間で実勢相場(ドル円)は推移していました。それが、米国の金利上昇に伴うドル買い・円売りと経常収支の黒字縮小(貿易赤字)により、円安が加速していることが分かります。

 

もうひとつの要因


ここまで解説した「金利差」、「経常収支」、「購買力平価」は、為替水準を決定する重要な要素ですが、もう一つ為替相場を大きく動かす要因があります。それは、短期的な売買を繰り返す投機筋(プロ集団)の動向です。

外国為替市場では、貿易などの実需を伴う取引だけではなく、海外の投資家が大きな資金で頻繁に売買を繰り返しています。そこには日本の個人投資家も参加しています。特にFX取引(外国為替証拠金取引)においては、日本の個人投資家のことを「ミセス・ワタナベ(日本の代表的な名前で主婦まで取引していることを意味する)」と呼びます。このような参加者が、本来あるべき為替相場の変動を、より大きなものにしています。


まとめ


 現在のドル高・円安は、米国の金利引き上げと経常収支(貿易収支)が深く関係しています。言い換えれば、米国のインフレが沈静化すれば、ゆっくりと時間をかけて、本来あるべき購買力平価の水準に戻ってくる筈です。

市場関係者は、「金利差」、「経常収支」、「購買力平価」、そして投機筋の売買動向まで考慮して為替の水準と、その到達する時期を予測します。各企業は業績発表の前提条件として、為替水準(決算末)を予想する必要があります。スーパーマーケットの店頭価格も、為替の影響を大きく受けます。為替の水準で一喜一憂する人々が、今の日本経済を支えているのが現実でしょう。

 

※米国の金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)は、年内あと2回(11月初旬と12月中旬)予定されています。
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